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第7話 敗戦処理

Author: あるて
last update publish date: 2026-05-21 06:00:08

【第1章 戦争の目的】

 イストリアは尋ねます。

「我が軍の敗因は何と考えているのか、聞かせて頂戴」

 その問いに対し、ヴィルヘルムは淀みなく答えました。

「まず第一に練度不足。敵兵の一糸乱れぬ見事な統率力に対し、我が軍の隊列は乱れがちで、特に乱戦時には必要な指示系統の確立がされておりませんでした。そして第二に強行軍による疲労。最初の内はよく敢闘したように見えましたが、実際は敵方に余裕があり、苦戦を装って敵の戦いやすい平地へと誘いこまれました。この二つの要素が重なり合い、夏の日の羽虫のように、自ら火中に飛び込んでしまったのです」

 ヴィルヘルムは優秀な職業軍人です。しかし、その彼をもってしても今回の包囲殲滅作戦を全て解析できていませんでした。

 それは兵士個人の力量に頼るものではなく、敵の意図を見抜く戦術眼が必要だったということにはまだ気が付いていません。ヴィルヘルムの目をもってしても、戦場で起きていたことを正確に掴むことが出来なかったことの証でした。

 当時の戦争は力の正面衝突こそ絶対と思われていたのです。 

「そして最後に」

 ヴィルヘルムは言葉を選ぶようにしながらも、はっきりと告げました。

「ハワード王国国王は最後まで戦場に立っていましたが、我が軍で一番最初に戦場を捨てたのはローゼンベルク大臣でした」

 彼が異変を察知して、そのことを報告しに総指揮官の陣幕まで戻った時、そこは既にもぬけの殻だったのです。頭を欠いては生物が生きられないように、軍隊も指示系統がいなければただの烏合の衆です。総指揮官が立て直しを図ることなく逃亡したことはまさに致命的でした。

 敗戦の報告を終え、ハワード王国へ捕虜の買戻しを打診する使者を出した翌日、ローゼンベルク大臣と諸将たちが帝都へと帰還しました。

 彼が主張した敗戦の原因は二つでした。まず、兵士が敵の壁を突破することすらできないほど弱かった事。

 そして敵の卑劣な罠が仕掛けられていたということです。

 罠という点では間違ってはいませんでしたが、古い戦争の価値観に縛られた人々は、四方を囲まれてしまった軍がどうなるかということを分かっていなかったのです。

 敗戦の責任は自分にはないと主張しているということは誰の目から見ても明らかです。

 しかし、誰一人としてその言い訳に異を唱えることが出来る人はいませんでした。まだ彼には力があったからです。

 そんな大臣の主張はただ一つ。前回に倍する二十万の兵をもって再度侵攻すること。

 人間ならば誰でも現実が見えているわけではありません。多くの人がそうであるように、彼も「自分が見たいと思う現実」しか見ない人種だったのです。

 彼には敵の「誘導作戦」も、伏兵による「包囲殲滅」も見えてはいませんでした。

 今回の戦で失った十万という兵は確かに痛手ではありますが、広大な後背地を抱え、人口も豊富な帝国にとっては再起不能というほどではありません。

 二十万という兵数を再度集めることも十分に出来るほどの国力を有していたのです。

 彼もまた「数こそ力」という旧来の概念から抜け出せない人間だったのです。いや、この時代、その概念から抜け出すことのできた人間の方が稀であったのですが。

 しかし今度ばかりは大臣の提言と言えど、皇帝の首が縦に振られることはありませんでした。

「季節はすでに秋。兵を集めるには適した季節ではありません。そして冬になればどちらにしろ休戦期。この期間を使って、今回不足していた兵の『練度』を高めるのに使ってください」

 将軍や将校たちは軍に所属する職業軍人でしたが、一般の兵は違います。彼らは普段自分の畑を耕す農民であり、兵役というのは国から徴収を受けた時に応える国民の義務、いわば本当の意味での血税だったのです。

 そんな彼らを収穫期である秋に徴兵するのは生産性を落とす愚策でしかありません。

 そして戦争というのも、年がら年中顔を突き合わせ戦っているわけではありませんでした。雪の降り積もる冬季は示し合わせずとも自然休戦期となり、春にまた集結して戦が始まるというのが常識だったのです。

 イストリアが命じたのはその休戦期に練兵を徹底することであり、大臣が敗因の第一に挙げたことでもあり、反論の余地もないほどの正論です。

 さすがにこれには大臣と言えども逆らうことはできず、黙って従うことしかできませんでした。

 ――ハワード王国 首都カイゼリオン 王城謁見室――

 カイゼル王はリンゼン帝国の使者を前に、険しい表情を崩しません。

「では捕虜を金で買い取るというのだな」

「は。皇帝陛下の申し出であり、十分な金額を用意するとのことでした」

「ぬぅ……」

 王の厳しい顔つきに、並みいる諸将や重臣たちは口を挟むことも出来ません。彼らには王が許せないことの内容が分かっていたからです。たった一度の戦闘に敗れただけで、捕虜を金で買い戻すと申し出てくる軽さ。命のやり取りを商人のように進めるそのやり方が、生粋の武人であるカイゼル王には我慢できなかったのです。

「一度下がるがよい。協議の後、返答を与えよう。それまでは客室にて待機しておれ」

 使者が下がった後、まず大将軍が口を開きます。

「捕虜などさっさと奴隷に売り飛ばしてしまえばいいのだ」

「だがそれでは帝国との関係はさらに悪化してしまう」

「すでに戦争状態だというのに何が悪化だ。捕虜を取り戻すために戦いもせずに金を差し出すなど、帝国の名も地に落ちたものだな」

 カイゼル王の想いを代弁するかのような大将軍の言葉に彼は頷きますが、横で難しい顔をしている息子アウグストの事が気にかかりました。

「どうした、息子よ。お前は奴隷に売ることは反対なのか」

「いえ、帝国から何も申し出がなければそれも致し方ない事かと思いますが、今回は取り戻そうという動きがあります。しかも皇帝自らの言を携えた使者をもって」

「だが、二万の捕虜を返せば、奴らはまた我が国に剣を向けるのだぞ」

「それはそうでしょうね。それが彼らの義務ですから。ですが父上、あなたは帝国臣民を根絶やしにするまで戦い続けるおつもりですか?」

 アウグストのその言葉に王は言葉を詰まらせました。

 他の重臣たちも冷水を浴びせられたかのような心持になっています。

「兵士といえど剣を置けば一人の農民。ここは温情を見せて帝国の臣民に我が王国の寛大さを見せておくべき場面ではないでしょうか」

 これまでは力と力でのぶつかり合いでのみ事を決するのが当たり前でした。

 アウグストがその善良な心から発した言葉は、戦術を越えた和戦両方を視野に入れた戦略というものが産まれた福音だったのです。

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